いま作れるものを、いま作るということ |
ライプニッツLIPNITZの三村昌也君が、その制作に関わったDVD『たからの山』のレヴューです。
以前から手にしていたのですが、その特典映像部分のPVがアップされたので、このタイミングでちょっと書いておこうと思います。
『たからの山』というDVDは桂歌若さんという落語家の方が、カンボジアで巨大なゴミ捨て場に近接した町を目にされたことをきっかけにして生まれた物語のDVDです。そのお話に堀越和音さんが絵を描き、それを映像化した作品です。三村君はその音楽とサウンドを担当したみたいです。
世界には貧困層が暮らす町がたくさんあって、パック旅行では見る事のできない光景がたくさんあります。それを目にすると人はやっぱり素通り出来ずに何かを考えてしまいます。
特に日本人は海外ではお金持ちと見られていますから「日本では見れないでしょう」とか言われてしまいます。そこで優越感を素直に持つことは出来ないんですよね。昔、そのような光景を目にした日本人の年配男性が「日本人のようにまじめに働け」と言ったのをそばで聞いていて、とっても哀しい気持ちになったことがあります。
国が違えば貧困が生まれる理由も構造も違います。それを働かないから貧困になるのだという考えはその国の貧困の背景を知らないからだと思いました。若い人たちは実感できないでしょうけど、私が生まれた時代は大体の日本人は中流ではありませんでした。貧しい暮らしは日常的だったのです。私の生まれた県は全国でも所得は最低クラス。ビリを争っていました。そこから社会全体が上昇していけたのは、つまり教育を受ける事が出来たからです。義務教育に感謝です。よく著名人が学校を贈るということが伝えられますが、それは貧困と教育が実は切り離せない関係にあるからなのです。子供が労働力として数えられている現実があるからです。それを目にすると普通、人の気持ちは動いてしまうのです。
『たからの山』という作品は、そういった心の動きを、大切にしたからこそ生まれた作品なのです。
「スモーキーマウンテン=ゴミの山での子供の話はもう何十年前から問題視されてるよ」とか「そういう作品はこれまでにあるよ」とか言われそうなテーマですが、
「それがどうしたの?少なくともボクが伝える話はいま起きていること、そういう問題に古いも新しいもない」と強く思わなければ誕生しなかった作品でもあるのです。まずそこが正しいのです。またこのDVDが極めて少人数で制作されたことは幸運でした。人が多いほど「見て思った。だから作った」という志が薄れていくからです。
DVD『たからの山』を見て、この若い制作スタッフたちは、実はかなり高度なことに挑戦しています。それを長くなりますがちょっと書いてみたいと思います。
まず、噺家さんの原作ですから物語は語られるという意味では、絵も音楽がなくても完成しています。ですからナレーションは『映像を想像させるような描写』になっています。つまり絵がなくても成立するナレーションの台本なのです。これは一番難しいことです。絵が説明していることはナレーションにするな!というのは映像の基本です。しかし演出の堀越さんは淡々とナレーションに忠実に絵を進めていくのです。映像的な飛躍や演出が突出することをあえて避けているかのように。それは工夫のない映像ということではありません。繊細なタッチの絵と無彩色に感じる全体や背景など、かなり工夫と時間が費やされています。
この独特の映像リズムがとても『たからの山』をユニークな映像表現に導いていくのです。
どういうことかというと、それはナレーションというよりは、ゴミの山の中で価値のあるものを探す子供たちを見ている日本人観光客に対して、現地のツアーガイドさんが説明していっているような感覚を与えるのです。これが『たからの山』というお話に、とても柔らかいリアリティを与えています。つまり言葉の制約を逆に活かしながら、作品のあるべき方向に導くように作られているのです。
「こんな哀しい現実があるんですよ、かわいそうでしょう」というお話は演出のさじ加減を間違うと、その場で涙は誘うでしょうが寓話として終わってしまう危険性もある訳です。
このDVD作品は、決して『いい作品』という評価に終わらせない作品へのチャレンジでもあるんですね。なぜなら旅行者のように「目撃して心が動いたその次」を、見た人にどうしても考えてもらいたいとスタッフが思ったからです。
学校で教材に使われ始めたとも聞きます。適していると思います。
絵も音楽も「この物語(作品)は生まれることになっていた」というシンプルだけど強い動機に似合った落ち着いて抑えた表現です。
とはいえ、知り合いが関わっているから大絶賛というわけではありません。私は主人公の結末のくくり方にちょっと抵抗しちゃうのです。もっと生きたいという部分とその無念の部分を、私ならもっと書き込むのかもしれません。でもそういうことも考えさせてくれる訳ですから、この作品の評価は崩れることはありません。
いまストライキがNYで始まっているように先進国だって、もちろん日本だって貧困はすぐ近くにある問題です。
命と貧困をテーマにした『たからの山』をどこかで目撃してください。
きっと「いま作れるものを、いま作る」というシンプルな行動が結果を生み出したことが分かるはずです。
DVD『たからの山』の詳しくはコチラを。